Tさんは、幼少期から両耳ともに高度難聴でしたが障害基礎年金の制度をずっと知らず、60歳を過ぎ老齢年金の受給手続のため社会保険事務所に行った際に、初めて障害基礎年金が受給できると教えられました。Tさんは早速手続きをしましたが、20歳から手続の日までの年金については幼少期から難聴であったことの立証がないという理由で却下され、将来分についてのみ支給されることとなりました。
Tさんは、幼少期から難聴で苦しんできたうえ、だれも障害年金が受給できるということを教えてくれなかったのに、自分が諦めなければならないのはおかしいと訴訟を決意しました。
裁判中、Tさんが幼いころに身体障害者手帳を取得したことを示す資料が発見され、Tさんの言い分が正しかったことが立証されました。また、私たちは裁判所に聞こえないということがどういうことなのか少しでも感じ取ってほしいと思い、尋問でTさんの体験を詳しく話してもらうことにしました。Tさんは、母親から手話を禁じられていたため手話を使うことができませんでした。そこで、当日は法廷にスクリーンを設置し、元速記官の方々にご協力いただいて質問と回答をスクリーンに表示して尋問しました。
Tさんは、それまでの法廷とは違って、この日は代理人や裁判官の発言内容を同時に理解できるということに非常に喜んでいました。Tさんは、いきいきと自分の体験を話し、上京後の苦労や、母との離別、聞こえないことで日常的にどんなに差別を受けてきたかを訴えました。傍聴席でも、Tさんの話に涙を流して聞き入る方がたくさんいました。この尋問が功を奏したのか、判決は、こちらの主張に則った非常に素晴らしい勝訴判決でした。Tさんも大変喜んでおられました(控訴されずに確定)。
裁判に勝つことができたうえ、裁判における聴覚障害者の情報保証や依頼者とのコミュニケーションについて教えられることも多く、大変勉強になった事件でした。
なお、この記事は濱本由が執筆いたしました。