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2022-08-10 SATOYAMAイニシアチブの現在2~石川県珠洲市の実践
 
 
弁護士 吉江仁子

SATOYAMAイニシアチブの現在1】からの続き

3 里山里海のSDGsな実践のフィールドワーク 
 ⑴ 2日目は、上記岸岡先生のご紹介で、里山里海のSDGsな実践に取り組む40代の方たちから、取り組みの現場でお話をうかがった。

 ⑵ 中山間地での農業、共同水管理について(珠洲市吉ヶ池集落、田端行雄さん)
   二日目の最初は、美しい棚田が広がる集落を歩きながら、中山間地での農業や暮らしについてのお話を伺った。
   田畑さんは、高校を卒業した後、いったん都会へでて、10年ほど会社員をされたあとUターンし、今は、兼業農家として、棚田(1:20以上の傾斜を持つ田んぼ)を25~26枚合計約1ha所有し、ほかに畑でかぼちゃを生産されている。天日干しをするなど手間のかかる農業をしている。体はきついが、精神的には都会暮らしの時のほうがしんどかった、とのこと。
   この辺の田んぼは、ほとんど棚田で、大きな耕作機械は入れない。小さな機械でも、深すぎてトラクターが使えない田んぼもあるし、昔開発された棚田の中には、トラクターを入れる道がないものもある。そういった事情もあって、細かい田んぼは耕作放棄され、集落全体で、耕作面積は、1/4にまで減った。大規模生産には向かないことから、自家米の生産者が増えた。そのため、農薬の使用量が減ったことで、蛍が戻ってきている。
ここで生産している「能登 棚田米」は、道の駅「すずなり」で購入できる。

山間の小さな田んぼ
山間の小さな田んぼ


 ⑶ 奥能登塩田村でのお話:伝統的製塩法の保全について(*3)
   揚げ浜の塩づくりを行っている日本で唯一の施設である。揚げ浜式というのは、海水を塩田にあげて天日干しにしてつくる製法で、強い日差しが必要である。雨、雪では作業はできない。天候に左右される事業である。
   外国からの安い塩に押され、塩田事業は整理の対象となり、昭和34年の第四次塩田整理で、補助金が打ち切られたことにより、燃料代が製品より高くなり、日本中の塩田事業が廃業に追い込まれた。能登でも、106軒あった塩田農家が同年、1軒を残して廃業した。1軒だけ残った農家は、塩を作っていたために戦争で死なずに済んだといって、採算を度外視して塩づくりを続けた。それが、ここ。
   2011年、能登の里山里海が世界農業遺産に認定されたが、里山の薪をつかって、里海の海水で作る塩づくり、それも、世界農業遺産に認定されたポイントになったと聞いている。
   揚げ浜式の塩づくりは、簡単に言うと以下の手順である。海水を塩田に散布して、天日干しにする。塩田の砂に塩が沈着して「かん砂」が出来る、塩が十分に沈着した「かん砂」を集めて「かん水」をかけて、砂についた塩を洗流して、さらに塩分濃度の濃い「かん水」を作る。その工程を何回か繰り返した後、窯に入れて水分をとばして、製塩する。560リットルの「かん水」から90kgの塩ができる。
   揚げ浜式で作った塩は、塩味の後に、ミネラルの旨味が口に広がる。値段は高いが、料亭等から引き合いがある。

 ⑷ 製炭業の持続性についてのお話(株式会社 Noto hahaso(*4) 大野長一郎さん:マイスタープログラム修了生)。
   大野製炭工業は50周年を迎え、このたび、株式会社「Notohahaso」となった。会社のロゴマークは、ははその漢字「柞」からデザインした。ははそは、コナラ、クヌギ類の総称。
   木炭の生産及び販売を行っている。原材料であるクヌギの食育林も行っている。会社の理念は、生まれ育った地域を未来につなげていきたいという想いから、「生命(いのち)がつながる地域を共創する」とした。現在は、従業員4人の小さな会社。
   22歳で、家業の炭焼きの世界に入った。翌年、父が他界。現在45歳。結婚もして、子どもが3人いる。東山中集落は、珠洲市の中でも一番過疎高齢化が進んでいる。2040年消滅可能性都市にも認定されている。22世帯42人が暮らす。うち独居世帯が10世帯。子どもは4人。内3人がうち。それでも、去年は、世帯数は3増1減、人口は5増1減。
   燃料革命以降、炭焼き業界は厳しい。衰退の一途。廃業が続いている。そのため、山の木が育ちすぎて巨木化し、老齢化して虫の被害も出ている。里山が荒廃し、良材が手に入りにくい状況がある。炭焼きを続けていくのは厳しい。僕が炭焼きを続けているのは、父が他界するときに、炭焼きで生命をつないでいくという覚悟だけを決めたから。他人のすすめで、茶道用の炭の生産を始めた。茶道用は規格が厳しいが、市場で高値で流通している。
   原木で直径11cmを超えると規格外になる。6~7年生の若いクヌギが最適。以前は、巨木化したナラの枝から生産していたが、いい炭が作れず生産性が合わなかったので、クヌギの植育林をはじめた。最初は、自分で植えていたが、2009年から、里山の保全活動をしているNPOと一緒に植林できるようになった。これまでに7,000本を植林してきた。
   父から相続した耕作放棄地が、工場の近くにあった。そこに植林している。手入れに通うにも、育った木を搬出して工場に搬入するにも手の届くところに林があるのはいい。ブランド戦略としても、材料となる木を植えて育てているというストーリーは、付加価値を生むと考えた。
   2040年までに100トンの生産量を目指している。日本一の茶道用の炭の生産地にしていきたい。お客さんは増加している。生産量は追いついていない。
   田中角栄氏が首相の頃提唱された「国土強靱化計画」の中で、地方の山肌を削って農地開発がされたが、表土を削っているので作物が育たず、耕作放棄地となってしまっている。そこを利活用して植林を進めている。
   40年放置された耕作放棄地には、木がたくさん生えている。そこを更地にしてクヌギだけを植えていく。大学の先生に協力してもらって、耕作放棄地に生育する植物の種類を、伐採前、植林から8年後、さらにそれから7年後と調査してもらった。そうすると、伐採前より8年後には2倍、さらに、その7年後にはそこから1.4倍、植物の種類が増えていて、生物多様性に貢献していることが明らかになった。この研究は、学術論文としても発表されている。
   カーボンニュートラルとの関係で、炭は、増減に影響を及ぼさないと言われるが、生産現場の肌感覚としては、炭焼時には、化石燃料由来の火力を使うので疑問だった。それで、マイスタープログラムの課題は、「どれだけのCO2を排出しているのか」に設定した。そうしたところ、担任の先生が、土中での根の成長は続く、そこでは、炭素固定が行われている。また、炭が土壌改良等に使われて炭のまま(酸素と結合することなく)土中に戻っていく商品もある。そこで、排出量と固定量の収支を出したらどうかとアドバイスしてくれた。大変だったが、取り組んだ。
そうしたところ、受講当時の植林量で、製品の20%が炭のまま利用されて炭素固定に使えれば、CO2をオフセットできることがわかった。その後、植林地が増え、2019年には、230トンのマイナス収支となった。これは、日本人約114人分の年間排出量を削減したことに匹敵する。排出量を削減する取り組みを売りにしている企業はあるが、収支をマイナスにできている企業活 動はなかなかない。これを、当社の付加価値にしていきたい。   
    最近、イギリスの化粧品メーカーから、化粧品の原材料(ブラックダイヤ)としてアクセスもあり、販路拡大に期待している。
    将来的には、炭焼きの村として炭焼きで生計を立てられる生産地にしていきたい。

サイズごとに仕分けられた茶道用の炭
サイズごとに仕分けられた茶道用の炭
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*3 奥能登塩田村:奥能登塩田村
*4 株式会社 Noto hahaso: 株式会社 Noto hahaso

SATOYAMAイニシアチブの現在3へ続く】